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『絆通信135号』から、その2.
JUGEMテーマ:地域/ローカル

絆通信
 「中学では生徒会の副会長に立候補しました。1年生で名の売れた男子が同じく副会長に立候補していましてね。親友としゃべっているうちに、何か知らないけど『立候補する』ということになったんです。太刀打ちできる相手じゃないとわかりながら、アイデアで勝負しました。テープレコーダーに『アメリカ大統領からの推薦です』と吹きこんだり、夜中に学校に忍びこんでポスターを貼ったりね。策士みたいなことはすごかった。みんながアッと驚くような選挙戦を展開して、 20票くらいの僅差で負けました。全校生徒の前で足をがくがく震えさせて、演説もしどろもどろ。『あのとき、もっときっちりしゃべっていたらなぁ』と悔やみましたね」
「高校は行く気がなかったので入学試験は白紙で出しました。もちろん不合格。レベルの低い高校でしたからどうして落ちたのか理解できなかったのでしょう。先生がびっくりしてましたね。実は吉永小百合の『いつでも夢を』の映画を観て、夜間学校にすごく憧れたんです。でも実際入学してみたら、映画の世界とは全然違う。おじさん、おばさんばかりだし」
「夜間高校には半年で幻滅して、翌年高校を受けなおしました。県立尼崎高校、進学校です。志望校を先生に言ったら『無理やで、昨年受けた高校さえ不合格なのに』と、内申書を書くことすら渋っていましたよ。合格はしたものの、勉強についていけなくて、だんだん面白くなくなっていった。うつ病になって精神科に通ったりして、休学、復学をくり返し、5年間通いました」
「それでも風紀委員長をやって、制服を無くせという運動をやったりね。当時は高校生の間にも全共闘運動が広がっていて、生徒の半数が活動、残り半分がノンポリという状態でした。尼崎で最初に高校の制服を廃止させました。校則も次々と無くして、生徒手帳の厚みが半分になるくらいでした。高校の先生も、変に封じこめて反発されるより、学生の自主性に任せてそれより大学受験に打ちこんでほしいと思っていたんでしょうね」
「3年生に上がるとき、休学させてくれと言ったら、ここで休学したら除籍ですよと言われました。高校は5年間しか在籍できないと説明されました。赤点ばかりでしょ。どうしようかなと思ったけど『学歴などどうでもいいや』と中退しました」
「20才から働きだしました。1年先輩が尼崎ボートレースに勤めていたのでそこでアルバイトしたり、電話の機械の配線とか、会社の電話の設置の仕事。毎年春になると大学の合格通知を連絡するために40台くらいの電話を設置するんです」
「親父はこのころ会社の早期退職勧奨に応じて、家族で愛媛に帰りました。その1か月後に会社がつぶれたんです。運がよかったんですね。妹は高校1年でした。僕は1人で尼崎に残りましたが、毎日チキンラーメンばかり食べる生活で食生活がめちゃくちゃ。近所の人が心配して田舎に連絡したんですね。親父が愛媛から出てきて、僕を連れて帰った」

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『絆通信』のメイン記事は『遠野物語』を髣髴とさせるこの聞書き↑です。長いので今日もここまでにします。w
 ちなみにこの引用は私が独断と偏見に基づき思いつきで勝手にやっていることで、考えようによってはお節介もいいとこなので、もし炊き出しの会から苦情があったりしたら直ちに中止します。笑。

cf.〒557-0004 大阪市西成区萩之茶屋2-5-23 釜ヶ崎解放会館1F
 釜ヶ崎炊き出しの会
 (TEL)06-6631-7460 (FAX)06-6631-7490
(振替)00990-8-302431
以上本文は(発行)'07.11.20からの引用です。

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 橋下は駄目だろうという気が私はしている。身から出た錆というか、闘う前から彼は自ら率先してハンデを背負い込んだ感がある。第一彼は大変な嘘吐きである。勝谷先生がいみじくも指摘していたが「政治家は嘘をついてはいけない」のである。テレビを通して有権者市民を欺くことの意味が彼にはわかっていない。
「出馬は5,000%ない」と断言したその「5,000%」という言葉も意味不明ながら、言ってることが支離滅裂で軽薄そのものであり、自民党大阪府連の副幹事長からして彼を推薦することにはかなり強硬に抵抗している。これまでの経緯が悪過ぎるのである。
「五年前から政界進出願望があった」と本人は言うのだが、だったら今更テレビ出演の調整がどうのこうの言えた義理ではないだろう。「準備はした、勉強もした、石原都政からパクリもした・・」というのなら、テレビ出演の自粛くらい事前にしておけってんだ!
 私は彼は億単位の収入を蹴ってまで政治的野心に身を焦がす人間ではないと思っていた。政治家志望も結構だがなぜ今や「落ち目の三度笠」たる自民推薦でなければいけないのか?
 既に推薦候補を決めている共産党を除く各党に推薦依頼したというが、自公の紐付きの橋下を民主党他が推薦する筈もなく、これも彼が崇拝して已まない小泉ポチ譲りの術策の一つに過ぎない。政治的術策(マヌーバー)が流行る時代である。
 作家・堺屋太一が密室談合まで用意して彼を担ぎ出した張本人だそうだが、彼にあるのはテレビのレギュラー出演が10本近いというダントツの知名度だけであって、彼自身が人気者であるわけではないのだ。「核武装しろ」だとか「大阪中ノ島をヌーディストビーチにしろ」だとか「日弁連は解体しろ」だとかいった、彼の言いたい放題の放言ぶりが面白おかしいから(?)視聴率稼ぎに絶好ということでTV各局が重用したに過ぎない。大阪府庁で記者会見までして、本人もう府知事になったつもりかも知れないが、あまり有権者・選挙民を舐めない方がいい。評論家・宮崎某は「俺は橋下を愛していたんだな」(!)などと今夕方のテレビで述懐した。宮崎もそうだが彼はテレポリティックスが生み出した奇形な怪獣に過ぎない。メディアはここでも無責任極まる大罪を犯している。彼らは視聴率という数字のためなら悪魔に魂を抜かれても構わないという極悪非道な連中である。つまりは「何が悲しくて我々があんなものを府知事に据えなければならないのか」ということなのである。

cf.弁護士橋下 徹公式サイト
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